ピエールの心臓

フリーランスを目指す「20代×転勤族の妻×専業主婦」のブログ。転妻ライフ・文学・インテリアが中心。自称「健やかなスピリチュアル研究家」。

体調不良は踏み絵になる

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こんにちわ、双耳です。

 

 

ひさびさに体調を崩しました。

 

 

喉の痛みからはじまって39度を超える高熱と筋肉痛に見舞われ、6日目になる今日、ようやくまともにパソコンに向かえています。

 

たぶんインフルエンザだったのでしょうが、ちょうど連休中の発症だったため病院に行くことなく風邪として終わりそうです。

 

夜中の咳がひどく、私も夫も眠れないので、夫のぜんそく用に処方された気管支を広げる薬を使いました・・・

 

 

これがむちゃくちゃ楽になる。

15分くらいで咳が止まってすーっと眠れる。

 

薬濫用する人の気持ちが分かる。

 

※くれぐれもマネしてはいけませんよ・・・!

 

 

 

体調不良で分かること

 

この体調を崩している期間に、あることが頭をめぐりました。

 

 

病人は病人らしく振舞うべきか

 

私より前に、夫が2週間ほど風邪で体調を崩していました。

 

はじめは熱が出たので、午後だけ有休をとって会社から早めに帰ってきた日があったんですね。

 

あまり体調を崩す人ではないので心配していましたが、3時間ほど寝室で寝たら、リビングへ出てきて、ソファで読書を始めました。

 

すぐに私は「えーと、寝てなくていいんか?」と思うわけです。

 

というか「体調悪いポーズ」をとったほうがいのでは?というのが私の常識でした。そのほうが人の厚意を引き出しやすいのに。

 

しかし、イライラする自分を省みて、あることに気が付きました。

イライラするということは、相手が自分の思い通りにしてくれない、ということで、

 

ではどうしてほしいか?となると

 

「せめて寝室で寝たふりくらいしていてほしい」

「病人は病人らしく振舞ってほしい」

 

ということなんですね。

 

つまりは

 

「弱者は弱者らしくしていろ」

 

と、そういう考えが根本にあるんですね。

自分の隠れた心理に気が付いて愕然としました。

 

 

もちろん「病人」=「弱者」は私の頭の中だけであって、世の中はそうであってほしくないという自分勝手な理想はあります。

 

 

結局「本人が元気そうならいいか・・・」と平和にその日は過ぎました。

 

 

※夫はその後咳が悪化して咳喘息になってましたが。

 

 

その時感じたのが、「病人は病人らしくふるまったほうが面倒がない」ということと「病人には許せる範囲内で優しく対応しておくのがよい」ということでした。

 

 

んー日本人っぽい。(なにが)

 

 

病人に厳しいと人格に問題ありと思われる

 

前の職場で、しょっちゅう扁桃炎になって会社を休む人がいました。

 

 

「病人を思いやらないヤツはクズ」みたいな風潮があるので、表面上はみんな「大丈夫ですか?無理しないで」と優しい声をかけます。

 

「表面上は」というのは、前の職場が大変忙しく残業も多く「一人でも休まれると困る」というのと、実は本人が扁桃炎になりやすいのは「カラダが弱いのに頻繁に夜遊びをするから」というのを知っているからなのでした。

 

なので本音は

 

「いいかげんにせぇや」

 

です。

 

 

ま、そんなことは口が裂けても言えません。病人にキツくあたると人格破綻者と思われかねませんからね

 

本人が申し訳なさそうに出社後の一日を過ごしてさえいれば、何事もなく過ぎていくのです。

 

 

どこからどこまでが本人の責任なのか

 

体調不良にもいろいろありますよね。

 

風邪をはじめとして、インフルエンザ、ノロウイルス、白内障、緑内障、ぜんそく、虫歯、二日酔い、下痢、生理痛、つわり・・・・・etc

 

例をあげたらきりがないですが、分類するなら「自然発生的」か「自己理由的」かで分けることができるのではないでしょうか。

 

 

ですが、社会生活を送るにあたって重要なのは「自然発生」なのか「自己理由」なのかではなく、「申し訳なさそうにしているかどうか」ではないかと思うのです。

 

正直そんな演技はクソくらえと思うのですが、コミュニケーションを円滑にするために、周囲をイラつかせない為に、時として必要な芝居だと心得るのがトクです。

 

 

体調不良は本人にも周囲の人にも人徳の踏み絵になる

 

誰かが体調を崩したときに、いかに外的要因がもとで「しょうがなく」罹患してしまったとしても本人が堂々としているか恐縮しているかで周囲の対応が異なります。

 

周囲の人も体調不良を労うか自業自得と迷惑がるかで器の大小を評価されてしまいます。

 

体調不良ごときで・・・と私も軽んじていましたし「そんな小さいことで気を遣っていたら窮屈だ」という主張も分かるのですが、打てる芝居なら打っておいて損はないと思うのです。それが人徳の踏み絵になってしまうのならなおさらです。

 

 

「ご迷惑をおかけしてほんとうに申し訳ありません」「いやいや、大丈夫?無理しないで」のやりとりがお互いにどれだけ茶番でも、意外とこれでこともなく終わるのです。

 

 

ただしこれって「弱者は弱者らしくふるまえというのは障がい者は障がい者らしくふるまえという考え」「出る釘が~」「児童相談所はそれなりの場所にあれ」という問題に近しいような気がするんですよね。私だけでしょうか。

 

 

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