ピエールの心臓

フリーランスを目指す「20代×転勤族の妻×専業主婦」のブログ。転妻ライフ・文学・インテリアが中心。自称「健やかなスピリチュアル研究家」。

証券会社の派遣OLをクビになった話

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こんにちわ。🔰マークつきデザイナーの双耳です。

 

 

今日はのっぴきならないタイトルですが本当にあったお話。

 

 

 

今考えてもやめた職場で相当KYでキ●ガイだと思われていたんじゃないかと心配ですw

 

 

物好きな方は読んでみてください。

派遣先から解雇を言い渡されるまでのオモイデ話です。 

 

 

 

ではどうぞー

 

 

 

金融系派遣OL時代

 

実は以前、派遣社員としてとある金融系の企業で営業事務をしていました。

 

こちらの記事にも少し書いてます。 ↓

 

 

基本的に営業のサポートのため、一般のお客さんと商談をすることはほぼありませんでした。

 

しかし、人の一生を左右しかねない大きな金のからむ仕事であり、常に手数料収入を最優先しなければならない職場であったため、人間関係はとてもじゃないですが良いとはいえませんでした。

 

言わずもがな、お客さんは、カモです。

金にならない客は平気で「ゴミ客」呼ばわり。

 

 

 

そういった状況をシニカルにとらえるのが上等な態度と勘違いし、部下を詰める上司の怒声が響き渡るオフィスで客からの問い合わせを笑いながら受けるくらいまでは頭の神経がマヒしていましたね。

 

 

しかし神経がマヒして目の色が消えている人ばかりだったので、自分でもそれが当然のように思えるときが多々ありました。

 

 

 

「普通がいいはず」だと思っていた

 

 

いったいなぜ興味もない金融系のOLをしていたかと問われれば、それは「普通がいいと思っていたから」の一言です。それだけです。

 

 

物心ついた頃から自分の発言が周囲から浮きやすく、狭いコミュニティでしか交流を図れない自分に気が付いていました。

 

関心のあることは「文学・芸術・オカルト」

 

以上!

 

 

 

小学校の放課後に学校で般若心経を唱えたりタロット占いをするような子供でした。

 

 

 

友達できるわけない。

 

 

ようやく大学で朝まで語り合える友人ができたときは歓喜したものです。

 

 

ですが、そんな友人も一般企業に就職していきました。

 

みんな「仕事位は人並みにできなければ」と強く思っていたので、生きるエネルギーの使いどころを文学に選ぶことはなかったのです。

 

やっぱり個性は出すものではないのかなぁ。と就活はしないまでもそう思うようになっていました。

 

 

表現者として生きるか非表現者として生きるか

 

23歳までのわたしは、

 

「我の強さを打ち出して創作者(表現者)として生きるか」「我を殺して企業や組織の一員として従順に生きるか」

 

ようは

 

「道なき道をいく獣として生きる」か「誰かが道をつけてくれた道で人間として生きる」か

 

のような二者択一をつねに頭の中で迫られていました。

 

その二つを社会に出る直前に天秤にかけたとき、わたしは後者を、つまり「私は自分の我の強さを表に出すべきではない」という理性的な感情を選び取っていました。

 

そうして2年半だけ企業で働きました。

 

手前味噌ですが、じょうずに「人間」ができていたと思います。 

業務の評価も悪くなく、協業はしぬほど嫌いでしたがやはり「組織の一員として生きるべきなんだろうなあ」と決めつけていました。

 

 

考え方を改めたきっかけ

 

しかしこの泉谷閑示さんの新書『「普通がいい」という病』を読んで考えは一変しました。

 

「普通がいい」という病~「自分を取りもどす」10講 (講談社現代新書)

「普通がいい」という病~「自分を取りもどす」10講 (講談社現代新書)

 

 

「人間(=普通)」たらんとすることは、心をさておいて「脳(理性)」で行動をすることを示すのです。「脳(理性)」でばかり判断をしてこの「心」を無視し続けると、しだいに心の所在たる「体」が病み始めると。

 

職場で会うような人々と自分が最も好む「文学・芸術・オカルト」を共有できるわけがなかったのです。窮屈な脳はいつも泣くか怒りだしそうなほどキリキリしていました。

 

いつも言いようのない厭世観と経済活動に興味がもてない自分には「生きる価値がない」という抑うつした感情を抱えていました。

 

 

資本主義の申し子のような人間に囲まれて働いていたので余計にそう思いました。

 

 

 

もう一度デザイナーを目指す

 

この本に出会って、いままで脳で理性を働かせて「普通であるべし」「組織の一員として働くべし」と説き伏せていた強迫観念を解いてみたところ、

 

一番素直な気持ちとして残ったのは

 

 

 

「一人きりで仕事がしたい」

「絵や文章を書いていたい」

「本を読んでいたい」

 

 

という気持ちでした。

 

 

さきほども書きましたが、「しぬほど協業がきらい」なのです。

 

孤独はまったく怖くありません。自分を評価する人間はいてもいなくても構わないのです。必要なのは常にセルフ・カンバセーション(自己対話)。

 

 

 

そしてこの在宅でできるデザイナーの道を選びました。

(実は一度専門学校で学び、挫折しています)

 

全然収入無いですけどね。

 

(最近はブログが楽しくてそっちのけだし)

 

 

宇宙規模で考えたとき、自分のような存在がどう振舞おうがどうせ死んだら誰も気にしないと思うとなんでもできるような気がしました。

 

まだ人間でも獣でもない、丸裸の赤ん坊になった気持ちでいます。

 

 

仕事をやめて美術学校に通うことに決める

 

ではデザイナーになるためにどうするか?と具体策をねったところ、

ちょうど近隣に、社会人でも通える美術学校がありました。

 

そこは夜間の部もありましたが、自分が主婦であることから昼間の部に通うことを検討しました。

 

ここから、派遣会社と派遣先との相談相談相談の日々です。

 

派遣会社の担当者に話す

 

「職場で何かありましたか・・・?」

 

派遣会社の担当者に、退職について相談したいことがあるから一度お話したいと連絡すると、会って開口一番がこれでした。

 

当たり前といえば当たり前の質問なのですが、自分は職場で何もないのに退職しようとしてるwと思うと少し気が引けました。

 

もちろん対人ストレスでつもりつもるものはありましたけどね。

 

正直に「デザイナーを目指して学校に通いたいので今回の契約満了時にやめたい」ことを2ヶ月前に話しました。

 

無事担当者に了解してもらうことができ、担当者から派遣先にその日のうちに通達されました。

 

派遣先にひきとめられる

 

翌日、派遣先の直属の上司に別室に呼ばれました。 

 

提案されたのは「今は人が足りないから、学校の授業がはじめるまでの短い時間でもいいからしばらく続けてもらえないか。そのほうが収入もあって双耳さんもよいだろう。」

 

という時短勤務案でした。

 

正直、人の心などすでにドブに捨てた人間だと思っていたので(失礼)、ばっさりサヨナラかと思いきや引き留められて驚きました。もちろん人が足りないからではありますが。

 

言われる通り、学校に支障がなければよいと思ったので時短勤務案を受け入れて引き続き働き始めました。

 

 

派遣なのに4時間勤務

 

派遣なのに「好きなことやって」「働ける時間だけ働いて」ほんとにええんか?wと思いながら契約を更新して時短勤務をしていました。

 

さすがに周りも気が付きます。

 

「双耳さん、最近早く帰ってるけどどうしたの?」

「午後から学校に通っています」

「え゛?!まじ?・・・・・」

 

 

そりゃなりますよね。

周りは正社員でヒーヒー言いながら定時+残業で働いてるのに。

 

突然解雇をいいわたされる

 

時短勤務をはじめて1か月半が過ぎた頃、突然派遣会社の担当者に呼ばれました。

 

要約すると「派遣先の会社が、あなたのような時短勤務は認められないからフルタイムで働けなければ次の更新はできません」ということでした。

 

「ちょwwwwwwwそっちが提案したんやないんかいwwwwwwwええ?wwwwww」

 

 

と思いましたが。

バカバカしくてすんなり提案をのんで辞めることにしました。

 

クビになったけど嬉しかった

 

そうして無事に時短勤務にして3か月でクビになりました。

 

収入があるとはいえ、がちがちに「規則を守らなければ死ぬ」ほどの縛りの強いルールのもとで働きながらデザインをするのは精神分裂を起こしそうだったので助かりました。

 

金融系が「おカタい」と言われるのは「頭がカタい」がゆえん説。

 

 

 

解雇してくださってどうもありがとうございました。

 

 

 

そして専業主婦になる

 

収入はないので今は学校に通いながら専業主婦をしています。↓

とある【子なし専業主婦】が個人事業主として夫(契約主)からもらう【日給】を計算してみた。 - ピエールの心臓

 

夫は応援をしてくれているのですが、ちょっと経済的にしんどそうです・・・ごめんね・・・

 

夫を養えるくらい稼げるようになるからね!!!!!!

 

野放しと野垂れ死に

 

組織にいたときは正直つねに首輪とリードが会社につながって引っ張られながら歩いているような感覚がありました。

 

それをヨシとする人ももちろんいますから、悪いことだとは言いません。

ただし、「ヨシとしないひとは組織で働き続けてはいけない」ということだけは強く言いたい。体を病んでしまうから。

 

違和感を感じるなら、自分で首輪を外して野性に戻るべし。

 

自分で自分の道を歩いていける快感を全身であびるべし。

 

「心」が求めるものを追うべし。

 

「普通がいい」という思い込みなどとっととドブに捨てるべし。

 

ただし野垂れ死にする覚悟でな。

 

 

 

衣食住保証されたペットとして生きるか?それとも自ら獲物を捕りに行く野生で生きるか?

 

 

 

どうどう。

 

 

 

もちろんそこに優劣はないけど。

ペットも小ぎれいでしつけがなっていてかわいいからね。

 

 

そして主婦の起業がずるいと思われがちなのはペットのくせに野性のふりしていきがるんじゃねえ衣食住保証されてるくせにと思われるからだよねぇ。

 

野垂れ死にのリスク回避も獣のタスクと考えればいいのだ。

極端であるひつようはない。

肩身狭いけどどっちも手に入れても悪くないでしょう。

 

どうせ何したって全員いつか死ぬんだから好きにやってみればいいんだ。

 

 

 

♪今日の一冊♪

泉谷閑示『「普通がいい」という病』

「普通がいい」という病~「自分を取りもどす」10講 (講談社現代新書)

「普通がいい」という病~「自分を取りもどす」10講 (講談社現代新書)

 

 

 

読んでくださってありがとうございました!

 

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