ピエールの心臓

フリーランスを目指す「20代×転勤族の妻×専業主婦」のブログ。転妻ライフ・文学・インテリアが中心。自称「健やかなスピリチュアル研究家」。

【人たらし】の夫から教わった【コミュニケーションで悩まないコツ】

こんにちわ。双耳です。

 

まずはあけまして、おめでとうございます。

 

今年も一年、どうぞひとつよろしくお願いいたします。

 

さっそくですが、今日はこのお正月の間に、人間関係の構築を得意とする尊敬する夫から【コミュニケーションで悩まないコツ】を教わったのでご紹介したいと思います。

 

 

それがこちら。

 

 

 

 

 人の言動に対しては【表】だけを見るべし

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平たく言えば、言われたこと・されたことは素直に「言葉のまま受け取れ」「見たまま受け取れ」、ということですね。

 

 

ただし物事に対しては疑り深くあるべし

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夫はいわゆる読書家です。

 

普段から、文芸から実用書、ビジネス書、新書まで多方面の書籍を読み漁っています。同じ事柄に関しても作者を変えて何冊も読みます。

 

そうするとおのずとこうした考えにいたります。

 

「社会的な事件など含め、物事はけして単純で一面的なものだけではない。さまざまな事情がからみあっているために多角的な視点から裏の裏の裏まで意を読み解かねば分からないことがある」 

 

 

最近話題の「青山児童相談所建設にまつわる騒動」なども例外ではありません。

 

いまは少数の意見も大きな声のように聞こえる時代です。だのに何が正しいか分からないままやんややんやと外野が騒ぐことを楽しんでいるようにも見える時代でもあります。

 

まあその問題は今は置いておくとして。

 

 

人の言動の裏を読んでいると疑心暗鬼になり苦しむ

 

これが一番重要なのですが、【人の言動の裏を読まない】というのが、夫が普段から人とコミュニケーションをとるときに無意識に行っていることだそうです。

 

つまるところ、「裏を読みはじめたらきりがないし、日常会話は即席の対応だから作為的になるほど準備なんてする時間ないだろう」というのが夫の考えです。

 

コミュニケーションカースト最下層の人間からすると、【友達がいない&小説ばっかり読む】せいもあって、会う人会う人との会話で「この人のこの発言には何か意味があるのでは・・・?」「あれってこういうことだったのでは・・・?」いちいちいちいち気にしすぎるのです。

 

これが円滑なコミュニケーションを阻む大きな障害となります。

 

とはいえ夫の云う通り、そこが劇場の舞台でもなければ小説の一シーンでもないなら、大概発言に裏をつくる余裕なんてないのです。

 

というより【裏をつくる余裕なんてない】と思いこみさえすれば【表だけ見ていればOK】ということになります。

 

 

だまされやすくなるのでは?という疑問について

 

これは「人の表だけを見る」ことで予測される障害です。

 

ただし、これは「物事に対しては裏の裏まで勘ぐる」思考さえあれば避けられる事態です。そもそも騙そうとする人は当人になにかしら経済的・心理的利益が得られるような複雑な「事柄」を用意しているわけで、その「事柄」に対してだけ注意深くあればよいのです。

 

「損をするまい」とあの人もこの人ももしかしたら騙そうとしているのでは・・・?と疑心暗鬼になるほうがよっぽど心を削ります。

 

 

※一応、過去に夫が騙された経験はありません。

 

 

【人の表だけ見る人】というのはある意味【おめでたい人】ではあるのですが、言ってしまえば「裏を読んでこない人間」は、まわりからしても「当人も裏のない人間」だと信じてもらいやすくなるということです。

 

信頼関係が築けるということがもっともコミュニケーションを円滑にしてくれます。

 

 

フィクション(物語)の人間の思考は複雑でも、リアル(現実)の人間はもっとシンプルだ

 

これは経験則ではありますが、コミュニケーションが苦手という人の中にはアニメや小説などのフィクションが好きだという人が多いように感じます。

 

ご存知のようにアニメやドラマ、小説などには「作者」がいますし、舞台は「限定的」なものです。が、現実には現実を作っている「作者」は存在しません。いるとしたら、作者は自分です。自分の見ている世界は自分の考えでできているといっても過言ではないでしょう。

 

ちなみにわたくし双耳は『名探偵コナン』の大ファンなのでありますが、あまりに思案が入り乱れすぎていつもいつも予想を裏切られます。もちろんいい意味で・・・!ようするに、疑心暗鬼な自分と登場人物の探偵的な思考がマッチングしすぎてドはまりしたたのです。

 

(ちなみに夏目漱石は『吾輩は猫である』の中で現代の人間(当時は明治だけど今も然り)はきわめて「探偵的」だと述べていました。自覚心(我)が強くなりすぎるあまりに、自分が損をするまいと人に対して疑り深くなりすぎている嫌いがあるということです。)

 

 

 

 

まとめ:「日常会話ぐらいでは裏をつくる時間も余裕もない」と思いこむべし

 

閑話休題。

 

つまるところ、現実世界においては、たとえ話している本人に裏や皮肉や嫌味があったとしても、受け取る人間が「人の発言に裏などない」と思いこんでしまえば、裏も皮肉も嫌味もないもの同然である、ということです。

 

フィクション脳にどっぷり浸かっていると、ついつい発言の裏を読みたくなったり皮肉や嫌味だったのではないかと疑ってしまいがちですが、即席のコミュニケーションには裏をつくる余裕などない、リアルの人間はシンプルだ、と信じ込むことでかなりコミュニケーションが楽になるよ!というのが人たらしの夫からのアドバイスでした。

 

 

 

おしまい。

 

 

 

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