ピエールの心臓

フリーランスを目指す「20代×転勤族の妻×専業主婦」のブログ。転妻ライフ・文学・インテリアが中心。自称「健やかなスピリチュアル研究家」。

【心療内科経過観察⑤】生きがいという燃料が不足している

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どうもこんにちわ。メンヘラに片足をつっこんでしまった転妻、双耳です。

 

働いていないくせにメンタルを病むなんて、生まれてこなければよかったのは?と母親の卵子レベルで後悔をする毎日です。

 

テヘペロ。 

前回の記事はこちら↓

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薬を変えた

 

診察に行って、薬を変えました。

 

前回の診察で薬の量を増やすことになったのですが、これがキツすぎたのか、副作用が大きく出ました。

 

具体的には、こんなかんじです。↓

  • 足がムズムズする
  • 一日中そわそわして読書できない
  • 日中に眠くなる

と、落ち着きがなくなる、集中力がなくなるといった状況が耐えられなかったので一時薬をやめました。

 

そうするとまあ、、隠れていた獣がいきなり姿を現して襲ってきました。薬のおかげで忘れていましたが、決して消えたたわけではなく、すぐ傍にひかえていたようです。眠れる獅子が目を覚まし猛威を振るいました。一日中体育座りでうつむいているような、カビがはえそうなくらいジメジメした精神状態でした。

 

それで今回の診察で、また薬を変えました。今度は抑うつに効果のある薬だそうですが、ジェネリックが出ていないので薬代がたっかいたっかい・・・・。一週間で900円。一ヶ月で3600円・・・。メンヘラになるにもお金がかかります。

 

新しい薬は、なかなかよい

 

豪雨からようやく曇り空くらいには空模様が変わりました。うつうつとした気分も落ち着きました。

 

が、大変に眠い。

一日中寝てしまっています。

 

暖房の効いた部屋にちょうどいい具合にぬっくぬくの毛布が二枚・・・あっ・・・・スピー・・・

 

今日も活動時間まだ6時間くらいでしょうか。昨晩は21時に寝たのに起床したのは11時。さらにそこからソファで睡眠。

 

 

ただの生きがいのない人間なのか

 

まだ具体的に病名を告知されたわけではないので病気か病気でないかはわかりませんが、なんとなくこの落ち込みやすいのはただの性格なんじゃあるまいか・・・と疑い始めてきました。というのも、ネット情報でしかないのですが、いわゆる「うつ病」には該当しないように思うのです。

 

「生きていてもどうしようもない」「今すぐ消えてなくなりたい」「生まれてこなければよかったのに」「人生巻きで終わらせたい」という気持ちは思春期から変わる事がないのですが、だからといって社会人生活が送れなかったわけでもなし、体も動く、不眠や食欲がないようなこともなし。

 

唯一の生きがいと呼べるものは愛する夫です。

ありきたりの言葉でも、この人が隣で元気に笑っているだけで生きていけるのです。それを守るためならなんだってするんです。椎名林檎の幸福論みたいなこと言っている。

 

ただしもう「愛する人のために身の回りのお世話をしていれば十分幸せ」を許される時代でないのが、私のように生きる目的、何か特別やりたいことがあるわけでもない人間の首をどんどんしめていくのです。女性の総活躍もいいけれど活躍できない人間まで切り捨てないでおくれ。

 

病気じゃなくてもこういう人間がほそぼそと生きていける道を残しておくれ。

 

 

『仕事なんか生きがいにするな』 

 

以前この記事でも紹介した、尊敬する泉谷閑示さんの『仕事なんか生きがいにするな 生きる意味を再び考える』を読みはじめました。

 

この中で、現代の「うつ」の根本病理は、「自分がない」というところにはじまる、と書かれています。「自我」を摘まれて育ってきたために「生きるモチベーション」という動力がないまま生きている、と。だから何かに躓いたとき、いざ動こうとしても動力がないから動けない、これは現代の新型うつだと、そう解説しています。

 

  このモチベーションの不在は、「自分がない」ことから生じた問題なのですが、その「自分」に対して唐突に「何がしたいのか」「何がイヤなのか」と問いかけてみても。「自分」は何も答えてはくれません。長い間。「ノー」を禁じられて「自分」の声を聞かずに来たのですから、そのように扱われてきた「自分」の側ももはや主張することを諦めてしまっていて、口をきかなくなっているのです。

  このような背景があって生じた「うつ状態」なので、治療としては、深く丁寧に、実存の水準にまでアプローチをしなければなりません。ですから、こうした病態にいくら薬物療法を行っても、動力のないトロッコに燃料を入れたり燃焼賦活剤を入れたりするようなもので、原理的に効果が出るはずもないのです。

泉谷閑示『仕事なんか生きがいにするな 生きる意味を再び考える』幻冬舎新書p26

 

まだ読みはじめですが、このように動力を失っている人間ははたして「病気」なのか・・・?とすでに疑問であります。泉谷先生も書かれているのように、こういう人たちに必要なのは薬ではなく適切なカウンセリングなのではないかと、思えてくるのです。ただし『生きがい』をもう一度見出すまでに死ぬといけないのでやっぱり一時的に薬に頼ることは必要なのか・・・

 

自分に当てはまることも多くギクッとしながら読んでいます。

 

しかし自我というのはほんとうに面倒なシロモノですねえ。米粒を見つめるたびに思います。人間も米粒のように意思をもたない存在であればよかったのにと。

 

もうすぐ27になります。去年はまったくうだつの上がらない1年でした。今年は少しは生きがいのしっぽくらいつかめるといいのですが。

 

 

♪今日の一冊♪

泉谷閑示『仕事なんか生きがいにするな 生きる意味を再び考える』

仕事なんか生きがいにするな 生きる意味を再び考える (幻冬舎新書)

仕事なんか生きがいにするな 生きる意味を再び考える (幻冬舎新書)

 

 

 

↓続編です 

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